1956年、東京・吉祥寺。戦後まもない頃、和歌山から流れ着いた初代・武石賀寿枝と娘たちが、まだ舗装もされていない中道通に立ちました。同じ場所では、一家と縁続きの者が一足先にそば屋を営んでいました。その店を引き継ぎ、屋号を「なかみち」と改めて、一軒の中華屋として暖簾を上げる。すべては、ここから始まりました。
土の道に湯気と醤油の匂い、のれんをくぐる近所の人々。娘のひとりで、まだ十代だった満子——のちの二代目も、学校帰りにカウンターに立ちました。立派ではないけれど、誰もが気軽に腹を満たせる居場所でした。
やがて高度成長の波が訪れ、学生が増え、近くには大きな会社も建ち、街はにぎわいを増していきます。中華屋はやがて定食でにぎわい、杯を傾ける客が集う居酒屋へ。時代とともに姿を変えながら、店は一杯を出しつづけました。
三代目がはじめて客としてこの暖簾をくぐったのは、2000年代のはじめ。その頃、初代はもう店を退いていましたが、カウンターの端でいつものように食事をし、ときおり言葉を交わしてくれました。とても優しい人でした。その温かさは、海を越えてモントリオールへ、そしていま再び吉祥寺へと——創業から七十年、いまも受け継がれています。

東京・吉祥寺の中道通りで、
日本そば・中華そば屋として「なかみち」がはじまる。
(初代・武石賀寿枝)

時代の移り変わりとともにお酒や定食も出すようになり、
近所の人々に愛される食堂として根を張る。
二代目・武石満子へ受け継がれる。

三代目岩切純平が、カナダ・モントリオールのダウンタウンで
Schlouppe Bistrot Nakamichi を開業。
日本の系譜を継ぐ一杯を海外へ。

カナダ・モントリオールのダウンタウンからマイルエンドに移転し、
名前を Ramen Nakamichi とする。

カナダ・モントリオールのプラトーエリアにてカフェをオープン。

三代目が原点に立ち返り、
中華そば・吉祥寺ナカミチ食堂としてリニューアルオープン。
なかみちの暖簾が再び吉祥寺に灯る。

日本とカナダで複数のブランドを育てる BASE NAKAMICHI。
それぞれが独立した個性を持ちながら、
思いはひとつの系譜でつながっている。
100年続く老舗を目指して。